うっとり惚れちゃう美肌の秘密

2011年04月24日

47年前も家康役だった!北大路欣也インタビュー(1)

【素顔の「江」15】

 徳川2代将軍、秀忠の正室、江(ごう)の生涯を描く大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」。本日4月24日は、第15回「猿の正体」が放送。秀吉(岸谷五朗)の命で佐治一成(平岳大)と結婚した江(上野樹里)だったが、またもや秀吉の策により、今度は離縁させられてしまう。なんとか秀吉に復讐(ふくしゅう)を−。江は秀吉の弱点を暴こうと、大坂城内で“聞き込み”を開始。すると、思惑とは異なる方向に…。一方、派手に権力範囲を広げる秀吉を、家康(北大路欣也)は静観。2人の対立構図が徐々に見え始める。

 今回から2回にわたり、家康役の北大路欣也のインタビューを届ける。

 《北大路は、時代劇スターの父、市川右太衛門と共演した映画「父子鷹」で俳優デビューしたのが13歳のときだった。以降、時代劇で多くの代表作を残してきたが、近年では現代劇にも多数出演。連続ドラマ「華麗なる一族」(平成19年、TBS系)、「官僚たちの夏」(同21年、TBS系)などでは作品の軸を担うなど活躍し、ソフトバンクモバイルのCMの「お父さん犬」役では、新たな一面も開拓しyr話題を呼んだ。大河ドラマは昭和43年の「竜馬がゆく」主演以来、今回で7本目となる》

 −−3年前の大河「篤姫」では徳川幕府の幕引き役でもあった勝海舟を演じられましたが、今回はその幕府を開いた家康役ですね

 「家康の30代後半くらいから描かれているので、まず、こんなオッサンでいいんですかと聞きました(笑)。でも、家康が70すぎて往生するところまでをやらせていただけるということだったので、それはなかなかない機会だと思いました。それと僕は俳優として、家康というお役に縁があるんですよ」

 −−昭和39年にテレビ朝日の連続ドラマ「徳川家康」に出演されています

 「NHKが『太閤記』を放送していたのと同じ時期でした。演じたのは家康の少年期の竹千代時代から、(武田信玄と戦い惨敗した)三方ヶ原(みかたがはら)の戦いまで。僕が20歳くらいのときだった。三方ヶ原のとき、家康は30歳くらいだから、僕は若すぎてもう(その後の家康は)できないというので、そこからは父親(市川右太衛門)にやってもらって、僕は続いて(家康の長男)信康(のぶやす)役をやりました。この作品の撮影は1年半くらいやったかな。そんなご縁があったので、家康には何となく親しみがあったんです」

 −−これまで抱いてきた家康像は

 「(第15回時点での)家康さんはまだおとなしいんですが、ある意味、ずぶといところがあるのかもしれない。右左、白黒はっきりつけない人だけど、一番難しい中道を歩んでいる感じがします。でも『鳴くまで待とうほととぎす』は後から皆さんがつけたイメージで、ご本人にはそんな意識なかったのかもしれない。狩りや武術が好きで、闊達な人だったと思います。ただ、少年時代は人質生活で大変な苦労があり、そのなかで人を見る目ができたところがあるのだと思いますね。時代に翻弄される部分もあり、またうまく乗っている部分もある。それが家康さんのような気がします」

 −−過去には家康と並ぶ戦国3英傑のひとり、織田信長も演じられましたが(昭和57年、映画「幻の湖」)、これまで出演した戦国物と手応えが異なるところは

 「こんなに“対岸”から戦国時代を見ているのは、今回がはじめてかな。家康を主人公でやるドラマだと、どうしても歴史を対岸から見えないんですよね。今は役を通して、信長さん、秀吉さんたちの人生をゆっくり見せてもらっているように思う。(「江」の家康は)信長、秀吉両英雄の輝きと影をじっと見て、体感して生きている。ただ、僕としては(台本に)書いていない家康の人生をどうにじませるか、そこが難しい。チラッと画面に出たときの瞬間にイメージを集約させないといけないでしょう。そういう意味では、プレッシャーでもありますね」

 「この時代の英雄はあまりにも存在が大きくて、ひとつにまとまるような魂でもない。家康像も見る人それぞれによってイメージも違う。でも、今回、僕が家康をやらせてもらっているということは、今の僕の肉体と感性で感じることを素直に出すことが大切なんだ、と思いますね」
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2011年04月10日

市川海老蔵さん、「七月大歌舞伎」で復帰

 昨年11月に酒席のトラブルから顔などに大けがを負い、無期限謹慎中の歌舞伎俳優の市川海老蔵さん(33)が、7月の新橋演舞場(東京・東銀座)で上演される「七月大歌舞伎」から舞台に復帰することが10日、分かった。

 松竹が発表した。
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「十二人の怒れる男」監督、ルメット氏死去

 【ニューヨーク=柳沢亨之】AP通信などによると、米映画監督のシドニー・ルメット氏が9日午前、リンパ腫のためニューヨーク市内の自宅で死去した。86歳だった。

 個人の良心を問う社会派サスペンスで知られる。代表作に、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した「十二人の怒れる男」(1957年)のほか、「オリエント急行殺人事件」(74年)、「評決」(82年)など。
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